東京高等裁判所 平成11年(ラ)769号 決定 2000年3月02日
抗告人
甲野太郎
右代理人弁護士
小林幸与
相手方(破産申立債権者)
乙川花子
外九六名
相手方ら代理人弁護士
茨木茂
同
内藤満
同
畠山正誠
同
林史雄
同
横谷瑞穂
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用は抗告人の負担とする。
理由
第一 抗告の趣旨及び理由
一 抗告の趣旨
1 原決定を取り消す。
2 相手方らの破産申立てを却下する。
3 破産申立て及び抗告に関する費用は、相手方らの負担とする。
二 抗告の理由
別紙のとおり
第二 当裁判所の判断
一 本件記録によると、次の各事実が一応認められる。
1 抗告人は弁護士であり、相手方らは、多数の消費者金融会社等から多額の債務を負い、その返済に苦しんでいた、いわゆる多重債務者である。
2 相手方らは、いずれも「低利長期の融資に応じます。」、「他店で断られた方も歓迎」又は「多重債務を一本化します。」旨を記載した新聞の折込広告等を見て、その金融業者等(以下「紹介業者」という。)に赴き、融資等を依頼したものの、紹介業者での融資等を断られている。その上で、その紹介業者から「債務を整理するのに、いい弁護士がいるから紹介する。」旨を言われて、抗告人の紹介を受け、その紹介業者が予め抗告人の事務所に電話をして、その都合を聞いたうえ、相手方らに対し、抗告人の事務所に赴く日時等を指示し、地図を渡すなどして、その所在地を教えている。
3 抗告人の事務所では、紹介業者から紹介を受けて事務所を訪れる多重債務者らに対しては、事務員が応対し、事務員は、訪れた多重債務者に対して、所定の用紙数枚を渡して、所定事項への記載を求めているが、その記載を求める書面の中には、総債務額、月毎の送金額及び送金約定日、相手方らの住所氏名欄等が書き込めるようになって印刷された「債務整理委任契約書」がある。その条項中には、債務整理を委任された抗告人は、「弁護士法及び本契約書に従い誠実に受任事項の処理に当たる。」ことが明記されている。債務整理を委任した相手方らが抗告人に支払うべき着手金及び弁護士報酬額については、一定金額を説明された相手方も存するが、説明をされていない者も多数存する。抗告人の事務員は、相手方らに対し、抗告人に対する報酬等について具体的な金額を説明することは少なく、毎月送金額から一定額を徴収する旨説明している。抗告人の事務員は、相手方らの記載した書面を見たり、同人に質問をするなどした上、相手方らに対し、抗告人事務所への毎月の送金額を指示している。
4 抗告人の事務所では、相手方らの作成した右書面に記載された債権者である金融業者(以下「業者」という。)に対して現在の債権額を問い合わせて調査し、業者から元本及び利息として回答のあった金額又はこれに若干の金額を上乗せした金額を和解金額とすることが大半であり、回答のあった金額を減額した金額を和解金額とすることは少なかった。そして、委任契約を締結した多重債務者毎に、コンピューター入力して「債権者別残債額一覧」を作成し、業者から回答のあった金額を債権調査表額欄に記載し、実際に支払うこととなった金額を和解債権額欄に記載していたが、和解債権額や、実際に支払った金額が業者から回答のあった元本額を下回った場合には、減額の三〇パーセントに当たる金額を減額報酬として請求していた。しかし、減額報酬が請求されたケース(甲一〇の25、36、39、40等)は少なく、一括払いにより支払金額を減少させたケース(甲一〇の25)のほかは、その金額も僅かであり、また減額の理由も不明である。抗告人の事務所では、相手方らの現在の債権額を調査するに当たり、借受日、利息天引の有無、利息天引された場合の実際の受取額、これまでに返済した金額、その返済日等を相手方から聞き出す等して調査せず、したがって、業者から取引経過の開示のない限り、利息制限法所定の利率に従った金利に引き直した現在の債務額、過払いになった金額を算出することはなかった。このため、既に過払いになっている業者についても、更に相手方らに対し、支払わせる内容の和解をしたことがある。
5 抗告人は、相手方らが抗告人事務所に訪れて行う債務整理委任に関する手続については、その全部又は大半を事務員に委せている。抗告人は、相手方らに面談しないこともあり、また相手方らと面談する場合も、事務員による手続終了後に数分間程度会う程度であり、その面談の内容も、「頑張りなさい。」等という程度のものである。
このような執務態勢をとったため、抗告人の事務所では、弁護士は抗告人一人であるが、平成六年六月から平成八年一二月までの間、債務整理のために受任した依頼者の総数は約一五八〇名に及んでいる。
6 一般に、多重債務者から債務整理を委任された弁護士は、当該債務者の約定金利が利息制限法を超える場合には、借受日、利息天引の有無、利息天引された場合の実際の受取額、これまでに返済した金額、その返済日等を本人から聞き出すなどして調査した上、業者らと交渉し、約定金利を同法所定の金利に引き直した金利で利息や遅延損害金を計算して債務整理し、過払いになっている業者に対しては、その過払いにかかる金額の返還を求めるのが通常であって、交渉がまとまらない場合には、民事調停等の司法制度を利用することを考慮するのが通常である。
一方、相手方らは、いずれも多数の消費者金融会社等から多額の債務を負い、その債務返済に苦しんでいたものであって、弁護士に依頼するならば、自己の債務額が法律に従って処理され、その結果軽減されると考えるのが通常であった。
相手方について、抗告人による債務整理がなされた後、他の弁護士が債務整理をやり直したところ、抗告人による債務整理の結果とは無関係に、利息制限法に従った処理がされている。
二 抗告人は、依頼者に記入させた調査用紙を見て、債務整理か破産か、返済原資はいくらか判断し、事務員の立会の上で依頼者に面接し、何回も消費者金融会社と交渉し、和解を成立させたと陳述しているが、本件各証拠や依頼者の数、依頼者一人あたりの消費者金融会社は数社から十数社に及んでいることなどからみて、右陳述は信用できない。
抗告人は、取引経過を開示した業者とは利息制限法での引き直し交渉をしてきたものであり、受任してから全示談成立までに大体二、三か月を要していた旨主張する。しかしながら、これを認めるに足りる資料はないのみならず、利息制限法に引き直した処理をするには、前記のような借受日、利息天引の有無、利息天引された場合の実際の受取額、これまでに返済した金額、その返済日等を知ることが必要であるところ、これらを相手方から聞き出すなどして調査することを予定していないし、実際にもこのような調査を行っていないこと、抗告人主張によっても、業者から開示があった場合に引き直し交渉をしていたというにすぎないものであり、業者が自ら取引経過を明らかにすることはほとんど考えられないし、現に抗告人事務所のコンピューターに入力されていた債権者別残債額一覧をみても、和解債権額が債権調査表額と同額かこれを超えるものがほとんどであること、抗告人が過払いになっている業者に対しても更に支払う内容の和解をしていること等に照らせば、抗告人が業者から取引経過を開示されるという例外的な場合を除いて、利息制限法所定の利率に引き直した金利による交渉をしていなかったことが明らかである。
抗告人は、取引経過を開示した業者には元金より減額した金額での提案をし、開示しない業者には元金凍結の分割返済の提案をしており、債権者別残債額一覧にある債権調査表額は、最初から利息制限法所定の利率に引き直した金額が回答された場合には、その金額を記載しており、また取引経過を開示しない業者に対してはそもそも元金より減額した金額での提案をすることは不可能である旨主張する。右主張に係る元金の趣旨は不明であるが、抗告人が業者に対し貸付元金を減額した金額又は貸付元金で和解提案をしたことを認めるに足りる資料はない。ところで、抗告人が業者と交渉した結果、業者主張の債権額より減額された金額が支払金額となったというのであれば、抗告人の取り扱いからすると、交渉の結果減額された債権額は和解債権額欄に記載され、これが債権調査表額欄に記載されることはないと考えられ、そして和解債権額欄に記載された金額が、債権調査表額欄に記載された金額より低いことはほとんどないのであるから、抗告人が業者との交渉により債権額を減額したケースはほとんどないということができ、業者が最初から利息制限法所定の利率に引き直した金額を債権額として回答した場合には、この金額を債権調査表額欄に記載することは抗告人の取り扱いからして当然のことである。
また、抗告人は、弁護士にとって公正かつ誠実な職務遂行とは、単に利息制限法に引き直して示談交渉等をすることだけでなく、平穏な生活の維持やプライバシーの確保も重要であり、相手方らがこのような処理を望んでいたとは考えられない旨主張する。しかしながら、多重債務者から債務整理を委任された弁護士が、利息制限法に従った処理を求めて金融会社と交渉することが平穏な生活の維持やプライバシーの確保を阻害するとは考えられないし、相手方らが、抗告人に対してこのような処理を望んでいたことは、抗告人による債務整理後に、他の弁護士らが相手方らから委任を受けて、利息制限法に従った方法による債務整理をやり直していることからも明らかであり、右主張は理由がない。
三 右事実によると、抗告人は、多数の多重債務者の受任事件の処理をほとんど事務員に任せ、必要な証拠書類の調査をすることもなく、また、利息制限法を超える利息につき、これを同法所定の利率に引き直した金利で計算することもなく、単に業者の主張する債権額をそのまま分割して支払うことを中心とした債務整理を予定し、現にそのような内容で債務整理をしたことが認められる。
多重債務の整理を考えていた相手方らとしては、紹介業者から債務整理をするのにいい弁護士がいるとして抗告人の紹介を受け、抗告人がその受任事件を事務員任せにすることなく、必要な証拠書類等の調査をし、利息制限法等の法律に従って処理するなど通常の弁護士が行うような方法で債務を整理してくれるものと考えて、抗告人と債務整理委任契約を締結したのであり、抗告人の事務処理が前記のようなものであれば、債務整理委任契約を締結しなかったと推認されるのであって、相手方らは、いずれも抗告人と債務整理委任契約を締結するに当たり、錯誤があったと認められる。
四 そうすると、相手方らが抗告人に対して有する債権額が四六八一万五八三八円となることは原決定四頁一六行目冒頭から二二行目記載のとおりであり、これに対する抗告人の財産が二三七七万三四六六円にすぎないことは同六頁二二行目の「債務者の財産は」から二五行目末尾記載のとおりであって、抗告人が破産法一二六条所定の支払不能の状態であることは明らかである。
したがって、相手方らの申立てを相当と認めて抗告人を破産者とした原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり、決定する。
(裁判長裁判官 谷澤忠弘 裁判官 一宮和夫 裁判官 大竹たかし)
別紙抗告の理由<省略>